家族の病気


母の病気(2)

2回目の脳梗塞が発病したのは、2004/7に祖父(母の父)が亡くなったときであった。自分は葬儀の前日(深夜)に横浜から母の実家である福島に向かったときに、父から母がかなり疲れていると聞かされてたが、そんなには気にしていなかった。葬儀の日には母の足取りが重く、ついには車椅子で移動することになった。葬儀が終わるとすぐに父の車で母は帰ってしまった。このときは葬儀の疲れと誰もが思っていた。

それから2日あと経過して、父から電話があり母が家の中で倒れて足の骨を骨折し、その倒れた原因は脳梗塞の可能性が高いとのことであった。福島から帰ってきた後も父は何となく母の様子がおかしいと思っていた(脳梗塞の再発の可能性を疑ってた)らしく、救急車を呼んで以前に入院した小平市(東京)病院に電話連絡をしたあとに救急車を呼んでその病院に搬送してもらった。検査の結果脳梗塞と診断され、血液をさらさらにする薬を投与された。脳梗塞は時間との戦いで発病したらすぐに治療をすれば、障害が少なくなる。一度脳に障害を持ってしまうと、その部分は機能しなくなってしまう(完全に細胞が死んでいなければ復活することもあるらしいが・・・)。

血液をさらさらにする薬の影響で骨折の手術がすぐに出来なくなってしまい、その後暫く痛い思いをしていた。今回は右足と右手に障害を持ってしまい、全く右腕が動かなくなっていた。手を握っても握力が全く感じられない状態で、生き物の手ではない感じがした。今以上に母の行動範囲が狭くなってしまうことが残念でならなかった。最悪これから一生車椅子の生活になってしまうかもしれないと思った。毎週末に横浜から小平の病院に通った。母のベッドの前の患者さんは母と同じ糖尿病で、足や手先の血管に支障が発生するたびに切断を繰り返しているとのことであった。そのご本人曰くだるまになってしまうとのこと。全く笑えない話であり、母にとってもかなり薬になったと思う。入院中に母がぼそっと「何でこんな風になってしまったんだろう」とこぼしたことがあったが、「そりゃ今までの不摂生がたまれば再発もするでしょう」と言ってしまった。何せ薬は飲まないし、好き勝手なことばっかりしていたのである。

母が入院した病院ではリハビリテーション科があるものの、3ヶ月以上入院できないみたいでした。脳梗塞は安定して足の骨折が完治したら特別にリハビリ以外することはなく、別のリハビリ病院に転院することとなった。偶然にも転院先の病院の主治医になる予定の医者と小平の病院の主治医が同期であったらしく、母の病気についてコミュニケーションが良く取れる関係にあった。実はこれってすごくいいことなんです。いろんな意味で医者が情報をもっているということは病気を治す(適切な治療を受ける)上でとても有利なのです。ところで転院する前に動かなかった右腕が少しずつ動くようになっていて、その状況を見た転院先の病院(これ以降「病院」と記載します)の主治医が改善されると言ってくれたらしいです。ちょっとづつ最初の不安も解消されて安心してきました。とはいってもリハビリを始めた最初のうちは、車椅子を自分で動かすこともままならずの状態でした。でも手を貸したら本人のためにならないと思って、見ているだけにしたら母から弟は押してくれたと苦情を言われました。また、何かとこの病院はイヤだとか帰りたいとか訴えるようになりました。この頃だったと思いますが、父が会社を介護に専念するとか言って会社を辞めてしました。辞めるといっても既に定年を過ぎていて、以前のようにフルに仕事をしていたわけではなく、また収入も困るほどでは無いといっていたのでそんなに心配はしませんでした。逆にやりがいを失うことの方が大きいと思ったのですが、介護をやりがいにするみたいなので、そんなに悪いことではないかなと思いました。

毎週末に病院に行きましたが、右手でスプーンを使ってご飯を食べられるようになったり、立ち上がるようになったりしていましたが、殆ど改善していない状態が続きだんだん心配になってきました。また、本人曰くリハビリしたいのに練習させてもらえないと愚痴っていました。ところがある日病院に行くと手押し車を押しながら自分の足で歩いている姿を見ました。このときとっても嬉しくなりました。正直言って今回の脳梗塞で入院したときに比べたら格段に改善されていて、小平の病院に入院した頃に比べたらうそみたいな状況になっていました。早期治療と本人のリハビリによってここまで回復したと思っています。

この後、暫くして退院することが出来ました。退院の日に実家に行くと母は文句ばっかり言っていましたが、脳梗塞にかかった患者さんはこうなることが多いそうなので今回は気にしませんでした。とにかく良かった良かったで通しました。この後父が母のカロリー摂取の管理を行うようになって、医者から「うまくカロリー管理していますね」と誉められたとのこと。いい方向に向かって嬉しい。

しかし、これは1回目の脳梗塞になった後もあったことなのですが、母は家事を殆どしないようになりました。料理を作っても焦がしたり作りすぎちゃったりして、これは脳梗塞になる前にはなかったことです。同じことを繰り返してしまっているので今自分がやっていることがどういう結果になるのだろうと考えられなくなってしまったのかもしれません。これについて母に言うと文句を言っていると勘違いされるので、言わないようにしました。いつか気づくことを信じるしかないと思います。これには母の態度や行動より自分の態度・行動が大切だと思いました。自分自身がやって見せて出来なかったことが出来るようになることが、母の薬になるのではないかと今では思っています。自分自身反省したのが、早く良くなって欲しいと思ってしまったので、いろいろ言ってしまうことがありました。これは逆効果でじっくり時間をかけて1つずつクリアすることが大切であると、この頃から気づきました。気づくのがちょっと遅すぎますね。自分と同じ立場の方がいらっしゃいましたら、一緒にがんばりましょう!

ハッキリ言ってこれも生活習慣病です。運動しない、飲みたいだけ食べたいだけ摂取する、マイナス思考の方がいらっしゃって、その方が大切な人であれば脳梗塞になったら大変なことになるぞと言ってやってください。自分じゃどうしようもないという方がいらっしゃったらご一報下さい。




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