定期検診で卵巣が大きくなっていて、一時的なものと思っていたが、暫く様子見をしたものの元に戻らなかった。再度、手術を行うことになった。ショックだった(本人の方がもっとショックだったと思うが・・・)。しかし、卵巣そのものは摘出せずに中だけ摘出するとのことであった。
一緒にいられる最後の日の朝、普段はいつも布団をたたまないのに、布団をたたんで押入れに入れていた。本当に今からいないんだと思った瞬間に切なさがこみ上げた。
今回は手術日が金曜だったので休みを取って、木曜日の夜の飛行機で福岡に向かった。羽田行きの電車を駅で待っていたところ、彼女から電話がかかってきてガンの可能性が高いので卵巣を取る方向で医者から話をされたとのこと。こちらとしては将来授かるかもしれない子供より、今の妻の健康がはるかに大切だったが、本人としては断ち切れない希望だったみたいだ。結局本人の希望で今回は腫瘍の中を取って、卵巣は残すことで手術に合意した。
その翌日、緊張しながら病院に向かった。朝早く行ったため手術前のいつも通りの彼女に会うことが出来た。手術の用意があるからと言って、どこかに行ってしまった。手術室へ向かうベッドに寝かされた彼女と、家族と一緒に一緒に手術室に向かった。途中自分は明るく振る舞った。手術室の前まで到着してしまった。ドアが開いて、看護士に運ばれる彼女が部屋の奥にそのまま中に吸い込まれてしまった。それから、自分を含む家族は病室の待合い室で辛抱強く待っていた。
手術が終わったとの連絡が来た。
説明室に通され、手術は予定通りうまくいったとのことであった。腫瘍摘出後直ぐに病理検査を行いガンであると判断されたとのこと(医者は残念そうにガンだっと自分たちに伝えた)。ガンの種類は類内膜性ガンとのこと。正式には2週間後に結果が出るとのことであった。摘出した組織を見せて貰った。ガン組織以外にも確かリンパ節だと思ったが、他の組織も摘出した。ガン組織の大きさは2ccくらいとのことであった。卵巣の中からガン組織がポロンときれいに取れたそうであるが、細胞はとても微細なので、卵巣の中にガンが残っていると見る方が普通とのこと。現時点確定ではないもののガンの疑いが高いので前回と同様にこのまま退院というわけには行かないと医者から言われた。本人の同意の必要があるが、抗ガン剤治療をしたいとのこと。既に抗ガン剤は決まっていて、タキソールとパラプラチンと言われた。今後妊娠の可能性は無いことはないが、ハードルが高いといわれた。今回と同じケースは他にもあるかと聞いたところ、ないことはないが、何年かごに再発し結局摘出したとのこと。しかし、その方は彼女と同じ類内膜性ガンではなく、もう少したちの悪いガン(ガンの種類は覚えていない)だったそうで、少し希望が見えた。手術室から戻った彼女にあった。麻酔が効いているので意識朦朧であったが、笑っていた。後で聞いたところ、みんなに心配させまいようとして笑ったとこと。こんな奥さんを貰って良かったと思った。その日は本来はホテルに戻る予定であったが、彼女の実家に行くことになった。一人しない方がいいと思ったのではないでしょうか。おかげさまで、いらん心配もしなくて済みいつもの自分でいられました。その後暫くして正式な検査結果が出て、ガンが確定したものの今回も摘出組織に転移が認められなかったと聞かされました(今回もステージ1決定!)。自宅に戻ったあとに、卵巣ガンと抗ガン剤の関係を調べたところ、卵巣ガンには抗ガン剤が比較的よく効くみたいでほっとした。
今回は術後の痛み以外に、抗ガン剤との戦いが加わった。(3クール)
抗ガン剤治療の前に自分がお見舞いに行き、その際に病院から外出が許され、髪の毛を短くすることになった。意外と短くしても似合うので、ちょっと驚いた。
入院中は暇だろうと思って、使っていないパソコンが実家にあるということなので、それを病院に持ち込むよう勧めました。何度かこちらからDVDを郵送で送ったり、届け先を病院に指定してインターネットでDVDを購入したりしました。このとき「24」を送ったのですが、お見舞いに行ったときに既に観終わった彼女からおもしろいと聞かされて、自分の家に持って帰りました。確かに観出したらおもしろかった。夏休みで良かった。
抗ガン剤と投与すると、沢山水分をとって薬を体外に出すことをします。どのくらいの量体外に出したか(つまりおしっこしたか)を計測します。あまり長い間体の中に薬があると、良くないらしい。また、血液検査をして白血球の増減の検査を行います。白血球の増えてこないと、次の抗ガン剤の投与が遅れるのでこれもよくありません(彼女の場合は状況によって白血球を増やす薬を投与していました)。
ほぼ毎日病院の公衆電話から電話を貰った。でも様子を見たくて1ヶ月に1回お見舞いに向かった。
抗ガン剤治療に伴う体の不調を電話で説明された。
ねらったわけではないが抗ガン剤治療の前後にお見舞いに行く日がよく重なった。
ある日、お見舞いに行ったときに、彼女の姿が何となく変に見えた。突然、明るく彼女は頭にかぶっていた帽子を取った。髪の毛がなかった。髪の毛だけではなく眉毛もまつげもなかった。だから変に見えたのだろう。抗ガン剤で抜けていく髪の毛を掃除するのが面倒になり、いっそうのこと丸坊主にしたといっていた。彼女が入院していた病棟は婦人科だったが、入院している人の殆どの方の病名はガンであった。だから、彼女のように髪の毛が抜けてしまった方が結構いらっしゃるし、帽子やバンダナを巻いてそれを目立たなくしていた。彼女のように順調に推移している人もいれば、なかなか成果が出ない方もいらっしゃるようであった。
その晩、医者から外出が許可され、実家に戻った。夜になると添い寝して抗ガン剤で体の痛みに苦しむ彼女をさすり続けた。出来れば代わってあげたいと思った。何でこんなに苦しませる運命に彼女はあるのだろう。それでも、治療の効果が見られない方もいらっしゃるので、そういった家族の方に比べれば自分は幸せに思わなければならないと思った。
自分の場合は、遠くで入院しているので頻繁に病院に足を運ぶことが出来ませんでした。「今どうしているんだろう」と気になると様子を見たくなるのですが、逆に彼女が苦しむ姿を見ない分、自分が苦しくなる回数は少なかったはずです。そう思うと、勝手な言い分ですが逆に救われたのかもしれません。どうやって元気づけたらよいのだろうと考えると、だらしないことに何を言ったり、行動したらよいのか分からなくなる。本当に情けないです。それでも一緒に病気を克服するんだという気持ちだけは持ち続けました。そういう気持ちで会ったときは接しました。
何でも、良性腫瘍と悪性腫瘍(ガン)は共に遺伝子の異変ですが、これらの違いはその場に留まりただ大きくなっておしまいか、それとも転移する能力を持っているか、らしい。だから良性腫瘍はとってしまえば後は安心なんだそうです。元気いっぱいなガン細胞はやっかいらしい。転移する行動力と異常な程の分裂速度を持ったガン細胞がもっともやっかいだそうだ。
抗ガン剤は分裂速度が著しい細胞に作用するとのことなので、ガン細胞の他に毛根細胞や粘膜細胞や生殖細胞に作用するらしい。抗ガン剤治療を始める前に卵胞の働きを押さえる薬を投与して、卵胞に抗ガン剤が作用しないようにしてから治療が始まりました。
抗ガン剤治療中、体力がなくなっているにもかかわらず、病院にお見舞いに行って自分が帰るときにバス停までお見送りしてくれた。「エレベータの前まででいいよ」といっても、「バス停まで行く」と言う。バスを待っている間も一緒にいました。体力的、容姿的に外にあまり長い間いたくないと思うのですが、大丈夫という。そのうちバスが来てしまいました。バスに乗り込むと、そのバスの扉は直ぐに閉まりました。バスが発進すると、病室に帰る彼女の背中姿が見えなくなるまで目が追いかけた。
彼女が入院中に遊ぶ気持ちにならなくて、あまり活動しませんでした。幸い?にも独身生活が長かったので、自分で何でも出来、特に生活面で困ったことはありませんでした。彼女が退院するので空港まで迎えに行くのに、一度車のエンジンをかけて見ました。気がついたら3ヶ月以上車を使っていなかったから、もしかしたらバッテリーが上がっているのではないかと思ったからです。案の定、全くエンジンがかかりませんでした(スタータを動かすとバッテリーが消耗していても「カッチ」とか音がするものですが、音さえしませんでした)。レスキューを呼んでエンジンを始動して貰って、そのままバッテリーを買いに行きました。彼女を空港で見た瞬間、何故かちょっと照れくさくなりました。
彼女が卵巣ガンになってしまった理由は分かりません。本人は肉を出来るだけ食べないように心がけているみたいです。ガン細胞が出来にくいまた、自然治癒力を高める生活を心がける必要があるとは思っているみたいです。しかし、あくまでも心がけだけであって、本人は自分の生活習慣を正当化して人に言うことに耳を貸しません。遺伝によるガンの発生という考えもあるかもしれませんが、生活習慣が悪いので病気になったと考えた方が、改善意識が働くので原因が分からなくても、こう考えて日頃の生活を見直した方が良いのではないでしょうか?これをお読みになったあなた!生活習慣に問題がある大切な人がそばにいるならば、是非見直すようにしつこく言ってあげてください。だけど殆どの場合心配になって言っているのに、言うと反論・抵抗します。場合によっては管理人自ら代わりにその人に言ってやります。
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